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ソーシャル系のサイトやサービスは朝にまとめてみるようにしている。なぜかというと、そうしないと一日がそうしたサービスに費やされてしまうからだ。

ソーシャル中毒と言ってもいいような状態の時期が自分にもあった。少しでも手持ちぶさたの瞬間ができると、チャンスとばかりにアプリを開いていた。そこで得るのは虚無感だけだった。

このままではいけないと思い、対策を考えた。一番に考えたのはソーシャルをまるっきり断つことだったが、そうしなかった。ムリだということが目に見えていたからだ。情報から取り残される疎外感に耐えられるわけがなかった。

そこで思いついた折衷案が、朝に時間をとり、まとめて見るというものだった。これが成功だった。一日に散らばっていたソーシャルの時間をまとめるとかなり圧縮することができた。何よりよかったのは、まとめて見るとその下らなさをより確かに実感し、ソーシャル中毒から脱することができたことである。

マックっておいしいかと聞かれるとそこまでおいしいわけでもないと思う。でも、好きだ。明らかにアメリカのデブくらいの頻度でマックに通っている。いつもチキンクリスプかチーズバーガーを頼む。それにチキンナゲットかポテトをつける。ここで攻める時はチキンフィレオえびフィレオなどの高めのバーガーを頼むが、基本的にはやはり100円付近のバーガーを頼む。個人的に高めのバーガーを当たり前のように頼める人は油田を持っているかiPhoneを発明したかというレベルのお金持ちなのではないかと思っている。飲み物は頼まない。お金がないからである。

マウントレーニアが好きだ。だいたい250mlで150円くらい。500mlのペットボトルが普通に買えてしまう値段だ。コストパフォーマンスで言えば当然ペットボトルを買った方がいいんだけど、マウントレーニアを買ってしまうシーンがある。

一つは落ちこんだ時。ミスを犯したりして凹んだ時にマウントレーニアを飲みながら明日を思う。

二つ目は何らかの区切りがついた時。今まで力を注いできたことが終わって、生活のあり方がちょっと変わる、そんな時にマウントレーニアを飲みながら今までのことを感慨深く思う。

僕が心から怒ることは滅多にない。怒るべきことが起きた時には、怒る代わりに悲しむようにしている。

これはみなさんにも非常におすすめしたいメソッドだ。

先日、初対面の人たちが集まる機会があった。そこにいたのが怒るべき相手だった。とにかく人を見下している。どれだけ相手より自分が優位であるかを示すことに全てを注いでいるような。

こんな時に普通の人だったら「なんなんだよあいつ」と思って、怒りの炎を燃やすわけだ。

しかし、僕は怒らない。悲しむ。「彼のような人が生まれてしまうのが日本の教育システムの現状だ…」「彼の家庭環境は辛いものだったのだろう。このような家庭が生まれてしまう日本は…」たいてい日本が巻き添えを食らう(ちなみに、僕は日本が大好きだ)のが、割りとかわいそうだが、ムダに怒って精神を摩耗することがなくなる。

今日は乗らないからブログを書かないことにした。この「乗らない」って感覚は割りと大事だと思う。気の乗らない時にはやらないに限る。

本を買うことが好きだ。割と節約したいタイプの人間なのだが、本だけは例外。「これは読まねば」と確信した本はもちろん買うし、「あっいいかも」と思った本も買う。というか「あっ」の段階で既にレジに入れて注文している。

たくさん注文するからたくさん本が届くのだが、どんなに頑張ったとしても1日に1冊くらいしか読み切れない。だから、読まれていない本はたまっていく一方だ。

今日は近所のラーメン屋に行く予定だ。とても楽しみだ。ラーメンを食べる上で一番好きな瞬間は、最初にスープをサラッと口に流すところだ。「やっぱりいいねえ」と思う。やっぱり、というくらいだから良いものだなんてことは分かりきっているのだが、それでも良いものは何回経験してもやっぱり良い。替え玉を頼むか迷うのも好きだ。太ってはいないが健康への関心はある程度高いので替え玉をもらうかいつも悩む。2分くらい。で、絶対頼む。迷った結果、必ず頼むのだから迷う必要がないだろうと最近は思うのだが、今日もおそらく迷うのだろう。